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第二次世界大戦時のイタリア戦艦と艦長たち:その①

ふと第二次世界大戦時のイタリア海軍を調べているときに気が付いたのだが、イタリア語の書籍を読んでいると、駆逐艦や潜水艦などの小型艦に関しては艦長の記述が多いのに対し、大型艦となると艦長に関する記述が極端に少ない...という事に気付いた。

ただでさえマイナー扱いされる第二次世界大戦時のイタリア海軍。海軍提督(艦隊指揮官、海軍将官)に関しての記述は多いけれども、戦艦の艦長となると地味で、著名なのは「悲劇の艦長」として知られる戦艦「ローマ」のアドネ・デル・チーマ艦長くらいのものである。当然だが、Wikipediaの個別記事なんぞもデル・チーマ艦長くらいしか存在しない!そんなこんなで困っていたら、伊海軍公式が発行している書籍でめちゃくちゃ良い本を発見したので、それを主な参考文献として艦長たちについて調べてみた。

というわけで、前々から地道に調べていた第二次世界大戦時のイタリア戦艦とその艦長たちについて紹介したいと思う。

 

数回に分けて投稿したいと思う。今回は以下の3名について。

◆アンジェロ・ヴァローリ・ピアッツァ ANGELO VAROLI PIAZZA
―戦艦「ジュリオ・チェーザレ」艦長 (1938.12.15-1941.7.19)

 

◆マッシモ・ジロージ MASSIMO GIROSI
―戦艦「リットリオ」艦長 (1940.5.6-1941.4.5)

 

◆ヴィットーリオ・バチガルーピ VITTORIO BACIGALUPI
―戦艦「リットリオ」艦長 (1941.5.15-1943.2.28)

 

◆アンジェロ・ヴァローリ・ピアッツァ

ANGELO VAROLI PIAZZA

1896.2.21-1959.12.31

―戦艦「ジュリオ・チェーザレ」艦長

(1938.12.15-1941.7.19)

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戦艦「ジュリオ・チェーザレ」艦長、アンジェロ・ヴァローリ・ピアッツァ大佐(Angelo Varoli Piazza)。左の人物は海軍参謀長のドメニコ・カヴァニャーリ提督(Domenico Cavagnari)。1940年に撮影された写真。

開戦時の戦艦「ジュリオ・チェーザレ」艦長。

1896年12月15日、エミリアロマーニャパルマにて生誕。1911年にリヴォルノ海軍士官学校に入学したため、伊土戦争時は練習船「フラヴィオ・ジョイア」に乗船していた。初の実戦は第一次世界大戦で、アドリア海戦役でオーストリア海軍の潜水艦を撃沈する等戦果を挙げ、海軍中尉まで昇進している。戦時中には三度の戦功銅勲章、戦功十字章、またフランス政府からも勲章を叙勲された。

戦間期MAS艇指揮官や海軍参謀本部付きなどを歴任した後、駆逐艦「ダニエーレ・マニン」艦長(1929-31)軽巡ジョヴァンニ・デッレ・バンデ・ネーレ」艦長(1932-35)駆逐艦「アルヴィーゼ・ダ・モスト」艦長(1935-36)を歴任。「ダ・モスト」艦長時代にはスペイン内戦における軍事作戦に参加した。1937年から短期間、重巡洋艦「ポーラ」艦長を務めた後、1938年12月15日に戦艦「ジュリオ・チェーザレ」艦長に就任している。そのまま、第二次世界大戦中盤まで「チェーザレ」艦長を務めている。

ヴァローリ・ピアッツァ艦長の著名な戦果と言えば、言わずもがな「プンタ・スティーロ海戦(カラブリア沖海戦)」だろう。イニーゴ・カンピオーニ提督(Inigo Campioni)が指揮する主力艦隊(第一艦隊)の旗艦として、1940年7月のプンタ・スティーロ海戦に参加英戦艦「ウォースパイト」からの直撃弾を受けたが、攻撃を緩めずに続けて英艦隊の撃退に成功、この武勲により戦功銀勲章を叙勲されている。その後もテウラダ岬沖海戦など主要な海戦に参加し、1941年7月まで「チェーザレ」艦長を務めた

艦を降りた後、1942年1月に海軍准将に昇進、1942年に海軍総司令部(スーペルマリーナ)付属の将官となった。1943年9月の休戦ではローマの海軍総司令部にいたため、進駐したドイツ軍によって捕らえられたが、新たに成立したファシスト側のイタリア社会共和国海軍(RSI海軍、MNR)への協力を拒否して抑留された

終戦により解放された後、1946年に予備役。1958年に海軍少将に昇進。その翌年である1959年12月31日、ローマにて没。

 

◆マッシモ・ジロージ
MASSIMO GIROSI

1899.4.10-1967.10.9

―戦艦「リットリオ」艦長
(1940.5.6-1941.4.5)

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戦艦「リットリオ」艦長、マッシモ・ジロージ(Massimo Girosi)

戦艦「リットリオ」の初代艦長。

1899年4月10日、ナポリにて生誕。1912年にリヴォルノ海軍士官学校に入学し、1916年に海軍少尉に任官。第一次世界大戦時はレジーナ・エレナ級戦艦「ローマ」の士官として活躍し、中尉に昇進して戦功十字章を叙勲される働きを見せた戦間期は潜水艦「N3」の艦長を1925年-26年まで務め、1927年に大尉に昇進。大尉に昇進後は重巡洋艦トリエステ」の砲術長を1930年まで務めた

1930年には再度潜水艦部隊に戻り、1933年に中佐に昇進。エリトリアのマッサワ軍港に展開する紅海潜水艦隊の司令官としてエチオピア戦争に参加。1936年の帰国後は一時的に駆逐艦「ラ・マーサ」艦長を務めた後、第四潜水戦隊司令官1937年に重巡洋艦「ゴリツィア」艦長を短期間務め、建造中の戦艦「リットリオ」の艤装員長に任命された。そして、1940年5月の竣工と共に「リットリオ」初代艦長に就任している。

開戦後、出撃準備が整っておらず、本格的な出動は1940年8月末-9月初めのハッツ作戦迎撃となっている。彼の主な戦果は実戦よりも、「リットリオ」の船員らに対する訓練で発揮された。1940年9月末-10月初めの英「MB.5」船団迎撃にも出撃したが、1940年11月のターラント空襲で「リットリオ」は3本の魚雷が命中し、大破。しかし、ジロージ艦長の指揮によって最悪の事態は免れたとして、戦功十字章を叙勲された。

艦を降りた後は海軍少将に昇進し、イタリア軍最高司令部(コマンド・スプレモ)付属の将官となり、様々な作戦の立案で活躍した。このため、友軍であるドイツ軍からも高く評価され、二級鉄十字章を叙勲されている。コルシカ島制圧後はコルシカ島の海軍司令官を務め、1943年8月から休戦までは海軍総司令部(スーペルマリーナ)の作戦司令室の長官を務めていた。

王国休戦後は地下に潜伏し、反ナチ・ファシストレジスタンス活動に身を投じている。連合国支配下南イタリアへの脱出を試みたが、RSI軍側によって捕らえられた。しかし、その後脱獄に成功し、パルチザンに合流終戦によって、ドイツ軍およびRSI軍の降伏交渉にも参加している。これらの戦功から、共和政移行後にイタリア最高位の名誉であるイタリア軍事勲章が叙勲されている。

戦後も海軍に残り、冷戦下のNATOにおいて重要な役割を果たした。1962年に予備役。1967年10月9日、ローマにて没。

 

◆ヴィットーリオ・バチガルーピ
VITTORIO BACIGALUPI

1898.5.15-?

―戦艦「リットリオ」艦長
(1941.5.15-1943.2.28)

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右で閲兵する国王に説明しているのが、「リットリオ」艦長のヴィットーリオ・バチガルーピ(Vittorio Bacigalupi)大佐。中央は国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世で、左は主力艦隊司令長官のアンジェロ・イアキーノ提督(Angelo Iachino)。

大戦期の主な期間で戦艦「リットリオ」の艦長を務めた人物

1898年5月15日、ラ・スペツィアにて生誕。書籍にも情報が少なく、開戦までの動向が自分が調べた限りでは殆どわからなかった。第二次世界大戦のイタリア参戦時(1940年6月10日)は極東艦隊旗艦・砲艦「レパント」艦で、天津租界を母港として日本や中国近郊で活動していた。

その後、帰国した後に1941年1月6日に軽巡洋艦「ドゥーカ・デッリ・アブルッツィ」艦長に任命されており、4月21日まで艦長を務めた軽巡洋艦「アブルッツィ」は第8巡洋戦隊(司令官:アントニオ・レニャーニ(Antonio Legnani)提督)の旗艦であり、悲惨極まる結果に終わったマタパン岬沖海戦にも「アブルッツィ」艦長として参加している。

1941年5月15日にはターラント空襲での損害の修復を終えた戦艦「リットリオ」艦長に就任。その後、「リットリオ」艦長として、数々の主要な海戦に参加した。特に1942年3月の第二次シルテ湾海戦では荒天という不利な状況にも拘わらず、正確な指揮で英艦隊に大損害を与えて勝利することに成功した。1943年2月に艦を降りてからの動向は不明。

 

次回は戦艦「ヴィットリオ・ヴェネト」や「ローマ」あたりの艦長を紹介したいと思う。ではまた!アッリヴェデルチ!

↓次回

 

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◆主要参考文献
・Paolo Alberini, Franco Prosperini共著 "Uomini della Marina 1861-1946", 2016, UFFICIO STORICO DELLA MARINA MILITARE 
・Arrigo Petacco著 "Le battaglie navali del Mediterraneo nella seconda guerra mondiale", 1995, Mondadori