Associazione Italiana del Duce -ドゥーチェのイタリア協会へようこそ!-

同人サークル"Associazione Italiana del Duce"の公式ブログです。

エリトリアを旅するために ー旅行に関するお役立ち情報ー

エリトリアは情報が少ない!旅行したいけど情報収集してから行きたい!というそこのあなた!エリトリアを旅行する際にちょっと役に立ちそうな情報を乗っけておきます。いつかエリトリアに旅する人のお役に立てれば幸いです!

 

⬜︎エリトリアの基本情報

f:id:italianoluciano212:20220406234503j:plain

エリトリアの国旗(左)と、与党:民主正義人民戦線の旗(右)


⬛︎正式国名
エリトリア国 State of Eritrea

⬛︎主要言語
ティグリニャ語、英語、イタリア語、アラビア語、ティグレ語など

※基本は英語で通じます(逆にイタリア語はアスマラ以外はあまり通じません)


⬛︎民族構成
主要2大民族はティグリニャ人(高地に住みティグリニャ語を話すセム語族、大部分は正教会信仰)と、ティグレ人(沿岸部に住みティグレ語を話すセム語族、大部分はイスラーム信仰)。その他、地域ごとにアファル人、クナマ人、サホ人、ビレン人など多種多様な民族で構成されている。


⬛︎首都
アスマラ Asmara


⬛︎国土面積
124,300㎢(日本の約1/3)


⬛︎人口
約650万人(2015年)


⬛︎国家元首
イサイアス・アフェウェルキ
(Isias Afewerki)


⬛︎通貨
エリトリアナクファNkf
現地ツアーや鉄道利用、一部ホテルなどの支払いはUSドルでも可能であるが、原則としてナクファでの支払いが推奨される。
紙幣のみで硬貨はない。外貨からの両替は各都市の銀行で可能。両替に使う外貨は基本的にUSドルが中心。
両替は各都市の銀行や空港、一部ホテルなどで可能。ガイドを雇っている場合は、ガイドを介して両替も。


⬛︎宗教
エリトリア正教会(テワフド)とイスラームが多数派でほぼエリトリアの人口を二分している。その他、カトリックユダヤ教、現地宗教など。

⬜︎エリトリアについて
⬛︎治安について
治安はアフリカ諸国とは思えない程に良好。未だに外国人観光客が多くない国であるが、観光客を狙った犯罪も殆どない。スリ、置き引き、強盗などもない。警官による賄賂要求もなく、クリーン。よく「独裁国家だから治安が良い」と言われるが、他のアフリカ諸国で独裁国家でも治安が悪い国はいくらでもあるので、単純に人々のモラルがしっかりしているのかもしれない。
テロ組織による攻撃、デモの発生も特にないので、安心して観光出来る。夜間も1人で外出している女性がいる程に安全。ただ、エチオピアとの国境地帯は戦時中の未処理地雷が多く残っているので危険。


⬛︎言語について
日常的に最も使われているのはティグリニャ語だが、ティグリニャ語が話せなくとも旅に支障はない。何故なら、アスマラだけでなく、マッサワやケレンといった地方都市でも基本的に英語が通じるからだ。ケレンやマッサワでは、外国人観光客に気さくに英語で話しかけてくれる人も多い。ティグリニャ語表記(ゲエズ文字)のみの案内版もたまにあるので、わからない場合は近くの人に意味を聞いてみよう。なお、ティグリニャ語で「こんにちは」は「サラーム」。アラビア語も広く使われているため、話せるならば英語と共に活用することが出来る。
また、アスマラの年配の方や学生を中心にイタリア語も通じる他、ティグリニャ語はイタリア語からの単語の借用も多い(例えば、椅子→Sedia, 酢→Acetoなど)。話せなくとも聞き取りは出来る人は多いので、イタリア語を使ってエリトリア旅行もアスマラだけなら十分イケる。とはいえ、英語を使った方が確実なので、イタリア語はあくまでサブ言語として活用した方が良い。


⬛︎物価について
一言で言うと、結構高い。感覚的にはアフリカ旅行というより、ヨーロッパ旅行のそれに近く、物価は日本やイタリアと全体的にあまり変わらない。アスマラに比べ、マッサワやケレンのような地方都市はやや安め。


⬛︎食事について
料理はどこで食べても美味しいので、心配はいらない。イタリアンとエリトリア伝統料理がメイン。旧イタリア植民地だったこともあり、パスタやピッツァといったイタリア料理も美味しい。エリトリア伝統料理はスパイスを多く使った料理が多く、やや辛めなものが多い傾向。苦手な人も多いインジェラだが、エリトリアインジェラは酸味が控えめで食べやすい。地ビールアスマラ・ビールをはじめ、酒類も美味しい。


⬛︎気候について
「2時間に3つの季節がある国」とはよく言ったもので、狭い国土に多種多様な気候環境が存在する。高地にあるアスマラでは朝晩は冷え込み、年中を通して昼間は17度程度の過ごしやすい気候。空気も乾燥している。一方で、低地にあるマッサワは12月でも蒸し暑く、湿度が高い。夏は40度を超える。都市間の移動は脱ぎ着出来る服装が便利。また、天候が悪くなると一気に冷え込む。更にアスマラは標高が高いために空気が薄く、走ると予想以上に疲れる。
天気は朝は晴れていても、午後から急速に天候が崩れることも多い。通り雨的に雨が急に降ることも多々ある。普通、乾季は雨は降らないのだが、最近は異常気象らしい。


⬛︎病気について
心配なのはマラリアだが、マッサワやアッサブといった紅海沿岸の低地を除き、心配はいらない。アスマラやケレンのような高地ではマラリアを媒介するハマダラカは発生しないからだ。紅海沿岸を旅行する際は、念のためマラリア予防薬や蚊の対策をしておくと良いが、感覚的にはそこまで深刻ではない。あと、エイズ流行地域でもあるので現地での性的接触は控えよう。その他、危険な伝染病は特に確認されていない。現地に病院や薬局も多いが、対策は万全に。


⬛︎インフラについて
電力や水道などインフラについて未発達、とよく言われるが2019年12月現在、アスマラとマッサワに滞在した限りでは一日中電気も問題なく使えて、事前に心配していた計画停電もなかった。時期によるのかも。
シャワー用のお湯も深夜や早朝、真昼間など一日を通して出る。季節によるかもしれないが、基本的にそこまで心配することではない。水道は石灰質が強いので、髪がバリバリになることもしばしば。


⬛︎ネット環境について
Wi-Fiがあるホテルもあるが、総じて通信速度が遅く、満足な通信は出来ないと思った方が良い。また、iPhoneよりアンドロイドのほうが繋がる傾向にある。そのため、情報収集は事前にやっておくか、現地で仕入れよう。一応、アスマラやケレンにはインターネットカフェも存在している。


⬛︎国内移動について
国内での移動は専ら車かバス。安く済ませるならバスだが、政府の声明では「外国人観光客は市民が利用する公共交通機関は使用してはいけない」としているため、グレーゾーン(ただ、外国人バッグパッカーはよく利用している)。車をチャーターするのは非常に高額にはなるが、行きたい場所に確実に行けるし、スケジュールに自由が効くのでオススメ。市内の移動に関しては、各都市は徒歩で充分回れるエリアに主要な見どころが詰まっているが、タクシーやバスの利用も便利。
鉄道に関しては2019年12月現在、マッサワ-アスマラ線のみ開通しており、アスマラ-ケレン-アゴルダト線及びメルサ・ファトマ-コルリ線は復旧工事中。しかし、観光客が利用出来る旅客路線に関してはマッサワ-アスマラ間も運休中で、アスマラ-ネファジット間の観光列車のみが運行している。ただ、人が集まらないと運行しないため、乗れるかは運次第。
飛行機に関して利用出来る国内定期便はアスマラ-アッサブ間のみ。船はマッサワからダフラク諸島など島嶼部に向かう際に利用可能。
アスマラ以外の街に行く場合は事前に市内にある観光庁から許可証を発行して貰う必要がある。逆に、アスマラのみに滞在する場合は許可証の必要はない。「入国した街」から別の街に行くのに許可証が必要なため、例えばアスマラからの入国ではなく、アッサブやマッサワから入国した場合は、その都市のみの滞在なら許可証は必要無いが、別の街に向かう際に許可証が必要になる。戦車の墓場も同様に許可証が必要。許可証は通常1日で発行されるため、基本的に受け取りは翌日になる。戦車の墓場は即日発行も可能。
都市間にはいくつかの検問があり、そこを越えるには許可証の提示が必要。
これらの手続きが面倒だと感じた場合、現地の旅行会社に申請するのが手っ取り早い。大体10万~15万円分程支払えば、ホテル代込みで希望通りの旅が出来る。


⬛︎ビザについて
渡航にはビザが必要。アライバルビザはないため、事前に日本で申請する必要がある。駐日エリトリア大使館の公式サイトから必要書類を印刷し、記入してパスポート、返信用封筒、英文推薦書と共に郵送にて提出。書類に不備が無ければ約1週間でビザが届く。
エリトリア大使館に申請をすれば、日本語の現地資料も届けてくれる他、公式サイトにはアスマラ、マッサワ、ケレンの観光情報や、マッサワやアッサブの地図などが公開されており、旅行前の情報収集には役に立つ。


⬛︎撮影禁止区域について
写真撮影に関しては基本的にOKであるが、政府関係や軍・警察関係、大使館関係は撮影が禁止されている。例えば、アスマラの総督宮殿(現在、大統領宮殿)や空港内部(軍民兼用)、大使館周辺エリア、マッサワ新市街の憲兵兵舎など。誤って撮影すると削除を求められる。また、宗教施設内でお祈りをしている人や、市民生活を無許可で撮影するのも避けるべきである。

⬛︎アスマラ国際空港
エリトリアの玄関口。エリトリアへ入国する場合、大多数の旅人はアスマラから入国することになるだろう。アスマラ国際空港はコンパクトで主要国の地方空港といった感じだ。作りが単純なため、入国時も出国時も迷うことはまずない。なお、アスマラ空港は軍民共用なので、撮影は禁止されている。気をつけよう。実際、着陸するときにエリトリア空軍の軍用機も見える。


◆入国の流れ
飛行機から出るとトランスポートのバスに乗り、空港のターミナルへ。順路に従えばすぐに入国審査だ。入国審査は意外と簡単。係員によるのかもしれないが、初めての渡航がどうかと、滞在先を答えるくらい。スタンプを押してもらったら、ベルトコンベアーで運ばれてくる自分の荷物を受け取り、空港から出よう。税関があるが、外国人観光客は特に何もせずにスルー出来るようだ。空港の外に出たら、ホテルの迎えを呼んでいる場合はそれで、呼んでない場合はタクシーを呼んでアスマラの街に向かおう。


◆出国の流れ
空港に入る前にナクファの所持を聞かれる。ナクファは一定額以上の外国への持ち込みは禁止されているからだ。だが、空港内の免税店はナクファを使うし、次回の旅行のために取っておきたい人もいるだろう。そういう場合はあまりにも多額で無ければ持ち込みが出来るようだ。
次に、空港内に入るためのセキュリティチェックがある。これは通常の空港のセキュリティチェック同様に赤外線チェックだ。
空港内に入るとチェックインカウンターがある。ここで搭乗機のチェックインをして機内荷物を預けよう。
これが終わると、次に出国審査。出国審査も入国審査同様に難しくはない。出国審査を終えて進むと、ちゃんとスタンプが押されているかチェックされる。
次が最後の関門だ。機内持ち込み手荷物の検査である。赤外線セキュリティチェックに加え、手荷物のバッグの中身を全て出され、一つ一つじっくりと確認される。お土産で持ち帰ろうとしたものもここでアウトになる場合がある。アウトな場合、当然廃棄だ。モノの扱いに関してはだいぶ雑なためイライラするが、大人な態度を取ろう。
さて、チェックが終わると後は搭乗機を待つだけだ。ロビーにはいくつかの免税店とバールがある。お土産雑貨や書籍、コーヒー豆などが買える。ロビーで買い物したい場合はナクファを多少取っておこう。余ったナクファを全て使ってしまうのもアリだ。

⬛︎日本からのアクセス
日本からエリトリアまでの航空直行便は無いため、第三国を経由する必要がある。最も手軽なものが、エチオピア航空で成田-アディスアベバ直行便(一旦仁川で降りて、荷物検査後再び同じ飛行機に乗る)を利用し、アディスアベバ経由でエリトリアに向かうことだ。エリトリア-エチオピア関係の悪化の結果、ずっと中断されていたが、両国の和平によってアディスアベバ-アスマラ便が再開された。運行はエチオピア航空エリトリア航空提携便である。時間的なロスも少ないし、手っ取り早く東アフリカ気分が味わえる。
そのほかの方法ではエジプトのカイロ経由が今までの黄金ルート。

エリトリアを巡る:アスマラーマッサワ間の途中下車の旅

今回もエリトリアの観光案内を紹介します。

今回は、アスマラーマッサワ間の途中下車観光スポットを紹介!


⬛︎ドガリ Dogali
ー「虐殺」の舞台となった古戦場ー

f:id:italianoluciano212:20220406232849j:plain

ドガリのイタリア軍戦没者慰霊碑

 

他列強に遅れて国家統一を果たしたイタリアは、「後発帝国主義国家」として紅海沿岸に進出する。エジプトの撤退と共にマッサワからエリトリアの内陸部に進出したイタリアは、同じく紅海の港を求めたエチオピアと衝突する。この"エリトリア戦争"と呼ばれる一連の戦争で最も知られている戦いが、「ドガリの戦い」だ。ラス・アルラ率いるエチオピア軍が圧倒的戦力差でイタリア軍に一方的に勝利したために、イタリア側は「虐殺」として非難し、エチオピアに対して「野蛮」の烙印を押している。この時のドガリの戦いのイタリア軍戦没者慰霊碑が高台に残っており、見に行くことが出来る。「ドガリの戦い」で大敗したイタリアであったが、その後エリトリアの領有に成功したことから分かる通り、戦争自体には勝利した。
また、イタリアが建設した旧兵舎やドガリ橋、鉄道のドガリ駅も残っている。なお、ドガリ橋を始め、アスマラ-マッサワ間にはいくつかのイタリア時代の橋が掛かっているが、これらは2006年に日本政府の協力で修復された(橋の近くに記念碑がある)。

⬛︎マイ・アタル Mai Atal
エリトリア鉄道最初の開通区間

f:id:italianoluciano212:20220406232926j:plain

マイ・アタル駅

 

1901年、マッサワ-アスマラ線の最初の区間が開通した際、マッサワからマイ・アタルまでの路線が開通した。現在も当時のマイ・アタル駅が良い保存状態で残っている。

⬛︎ガフテレイ Gahtelay
ー街道沿いの休憩地点ー

f:id:italianoluciano212:20220406233049j:plain

イタリア植民地時代に作られた市場は、現在はショッピングセンターとなっている

 

街道沿いに発展した町で、遠くにモスクが見える。アスマラからここまで来ると道も平坦になり、同時に湿度と温度が高くなってくることを感じるだろう。バス停もあり、マッサワを目指すドライバー達の休憩地点になっている。街道沿いのパーキングエリアは、元々イタリア植民地時代に市場として作られた建造物。街道沿いにあるRed Sea Restaurantはランチを取るには丁度良い。フリッタータと焼きたてのパンで腹ごしらえをした後は、マッサワに向けて最後の道中に向かおう。

⬛︎ドンゴロ Dongolo
ー植民地時代から続く採水地ー

f:id:italianoluciano212:20220406233142j:plain

奥には植民地時代の採水施設が見える

 

峠道を抜けて高低差はあるが緩やかになり始める地点にある町。植民地時代から続く採水地があり、現在もミネラルウォーターの採水地となっている。牛飼いの数も多い。イタリア植民地時代の採水施設(フォンテ・アックア・テルモ・ミネラーレ)も残っている。

⬛︎ギンダ Ghinda
エリトリア鉄道の中間地点ー

f:id:italianoluciano212:20220406233224j:plain

ギンダの街

 

マッサワ-アスマラ線の中間駅(ギンダ駅)がある町。海抜888m地点に位置する。町全体は渓谷に広がっているため、非常に広い。

⬛︎ネファジット Nefasit
ー山岳の僧院と観光列車の町ー

f:id:italianoluciano212:20220406233308j:plain

ネファジットの街

 

近郊に14世期に造られたデブレ・ビゼンの僧院があることで知られる町。
海抜1,671.65m地点に位置する。
アスマラを発車した観光列車の目的地(ネファジット駅)でもあり、植民地時代はアスマラ間で自動車レースも開催されていた。

⬛︎ドゥルフォ Durfo
ー鉄道バイパスとトンネルー

f:id:italianoluciano212:20220406233444j:plain

ドゥルフォの第28番トンネル

アスマラから程近い位置にある場所。信号場と第28番トンネル、石造りの鉄道橋などを間近に見ることが出来る。エリトリア鉄道の撮影スポット。鉄道が走らない時はトンネル内や線路に立ち入って記念撮影も。線路沿いにはコーヒーショップがある。