■イタリア諸邦、夢の連合艦隊! 1848年時点のイタリア諸邦の地図。イタリア北東部のロンバルディア地方(中心都市はミラノ)とヴェネト地方(中心都市はヴェネツィア)はオーストリア支配下にあった。アドリア海における海軍作戦に艦隊を派遣したのはイタリア北…
エリトリアは情報が少ない!旅行したいけど情報収集してから行きたい!というそこのあなた!エリトリアを旅行する際にちょっと役に立ちそうな情報を乗っけておきます。いつかエリトリアに旅する人のお役に立てれば幸いです! ⬜︎エリトリアの基本情報 エリト…
今回もエリトリアの観光案内を紹介します。 今回は、アスマラーマッサワ間の途中下車観光スポットを紹介! ⬛︎ドガリ Dogaliー「虐殺」の舞台となった古戦場ー ドガリのイタリア軍戦没者慰霊碑 他列強に遅れて国家統一を果たしたイタリアは、「後発帝国主義国…
さて、前回に続いて今回もエリトリアの観光案内を扱っていきましょう! 今回は第二次世界大戦時、東アフリカ戦線の激戦地として知られたケレンとアゴルダトについてクローズアップしていきたいと思います。 ⬛︎ケレン Keren, Cherenー市場の街として栄える第…
さて、前回に引き続きエリトリアの観光ガイドを載せていきます。今回は紅海沿岸の古都、マッサワの観光ガイドです!ちなみにエリトリアでは一番好きな街でした。 ⬛︎マッサワ Massawa, Massauaー珊瑚で築かれた「紅海の真珠」ー マッサワ旧市街遠景 地方区分:…
皆さま、お久しぶりです。今回のブログ更新はいつもと趣旨を変えて、観光紹介をしようと思います。というのも、元々「地球の歩き方」をもじって「旧伊植民地(エリトリア)の歩き方」として自身の旅行体験を元に書いた観光ガイドをコミケで出そうと思っていた…
エチオピア皇帝ハイレ・セラシエ(Haile Selassie)。 1935年10月から1936年5月にかけて、東アフリカではエチオピア帝国とイタリアが戦った「エチオピア戦争(Guerra d'Etiopia)」が勃発した。英語では「第二次エチオピア戦争(Second Italo-Ethiopian War)…
前回は軍縮時代のイタリア海軍通史でしたが、今回はいよいよ第二次世界大戦に至るまでの1930年代の三つの軍事衝突(エチオピア戦争、スペイン内戦、アルバニア戦争)と海軍の関わりを書いていきたいと思います。 ↓前回まではこちら associazione.hatenablog.co…
さて、今回もイタリア海軍通史について書いていきましょう。前回まではリソルジメント後のゴタゴタから、伊土戦争と第一次世界大戦の快勝まで書いていきましたが、今回で第一次世界大戦後の軍縮時代に突入します。同時に、イタリアではファシスト政権が成立…
前回の続きで、今回もイタリア海軍通史です。私の通史では基本的に人物や戦史を中心に扱います。普段のブログと大して変わらんですね。兵器の設計思想云々は素人なので、下手に扱いません。その辺はご了承くださいませ。 さて、第三回目は第一次世界大戦です…
前回の続きで、今回もイタリア海軍の通史を扱います。参考文献は後日纏めて紹介します。前回の記事はこちら↓ associazione.hatenablog.com ◆イタリア海軍、紅海に進出す イタリア紅海艦隊の母港、マッサワ。イタリア語ではマッサウア(Massaua)。「紅海の真珠…
木栓さんのフランス海軍通史に影響を受けて、せっかくなので私はイタリア海軍の通史を書いてみようと思います。第二次世界大戦のイタリア海軍の戦歴はブログの方でも結構書いたので、今回はリソルジメントから戦間期にかけて、ということで。 「イタリア海軍…
さて、今回は前回の続きという事で、引き続き第二次世界大戦時のイタリア戦艦の艦長たちを紹介したいと思う。前回の記事はこちら↓ associazione.hatenablog.com 今回は以下の三名について紹介する。 この3名はいずれもイタリア戦艦の艦長の中では結構有名な…
ふと第二次世界大戦時のイタリア海軍を調べているときに気が付いたのだが、イタリア語の書籍を読んでいると、駆逐艦や潜水艦などの小型艦に関しては艦長の記述が多いのに対し、大型艦となると艦長に関する記述が極端に少ない...という事に気付いた。 ただで…
フランシスコ・フランコ(左)とベニート・ムッソリーニ(右):フランコはスペインの軍人・政治家。カウディーリョ(1936-75)。スペイン内戦で勝利し、独裁体制を成立させた独裁者。第二次世界大戦は枢軸国寄りの中立で乗り切った。ムッソリーニはスペイン内戦で…
アントニオ・サラザール:ポルトガルの政治家・経済学者。「エスタド・ノヴォ」体制の独裁者として、ポルトガル首相(1932-68)を務めた。元々はコインブラ大学の教授で、彼の政治経済学の講義は学生に人気だった。彼の体制の元でポルトガルは圧政が行われたが…
70年代初頭まで、ギリシャ、ポルトガル、スペインの三国はヨーロッパの「周辺国」であり、いずれも冷戦における「西側」諸国ではあったものの、他の点では「西側」とは程遠い存在であった。三国の経済は出稼ぎ労働者による送金と観光業に大きく依存していた…
イタリア空軍は地中海における艦船・輸送船団攻撃でも活躍した。潜水艦の運用が難しかった地中海において、空軍部隊による敵船団攻撃は非常に重要だった(第二次世界大戦時、イタリア潜水艦部隊は多くの戦果を挙げたが、その戦果の多くは大西洋や特殊作戦にい…
1943年7月、ディーノ・グランディ(Dino Grandi)を中心とするファシスト重鎮らによるファシズム大評議会内でのムッソリーニ解任動議に加え、ヴィットーリオ・アンブロージオ参謀総長(Vittorio Ambrosio)やピエトロ・ダックァローネ宮内大臣(Pietro d'Acquaron…
ファシスト政権期のイタリアで活躍したユダヤ系イタリア人の代表例:左からムッソリーニの側近の一人だったアルド・フィンツィ、財務相を務めたグイード・ユング、MVSN高官のアルベルト・リウッツィ将軍、ムッソリーニの愛人で芸術政策に携わったマルゲリー…
アリスター・E・マクグラス著/芳賀力訳『ジャン・カルヴァンの生涯(上):西洋文明はいかにして作られたか』(キリスト教新聞社、2009年)は、北アイルランド出身の神学者アリスター・E・マクグラスによって書かれた、ジャン・カルヴァンの生涯を詳細に綴った…
前回の続きで、ファシスト政権期の芸術政策について紹介しよう。 ディーノ・アルフィエーリ(左)とロベルト・ファリナッチ(右) 芸術のファシスト・プロパガンダへの利用を強く推進した人物として、中心的に挙げられるのが後に人民文化相となるディーノ・アル…
たまには趣旨を変えて、ファシスト・イタリアの芸術政策について触れてみることとする。というのも、意外にこの手のツイートをしたら割と注目があったためだ。 ジュゼッペ・ボッターイ(Giuseppe Bottai) ファシスト・イタリアでは近代芸術(モダン・アート)は…
お久しぶりの更新です。今回はファシスト・イタリアの金融財政について、財務相ごとに簡略的にまとめてみました。もしよければご一読ください。 ◆アルベルト・デ・ステーファニ Alberto De Stefani アルベルト・デ・ステーファニ イタリア王国財務相(1922-25…
⬛︎商船改造空母 2隻の空母(「アクィラ」及び「スパルヴィエロ」)の比較 以前書いた記事が自分で確認する時も長いな、と思ったので空母の項だけ別個の記事を作ってみました。 ↓こちらの記事です(前半部分は旧式戦艦の大改装について) associazione.hatenablog…
第二次世界大戦時のイタリア本土への主な空襲。 第二次世界大戦時、イタリアはドイツや日本と共に枢軸国の主要交戦国の一つである。しかしながら、ドイツ本土や日本本土への空襲被害とは異なり、イタリア本土の空襲被害が顧みられることはあまりないと言える…
駆逐艦「ヴィンチェンツォ・ジョベルティ」 駆逐艦「ヴィンチェンツォ・ジョベルティ」はオリアーニ級駆逐艦の1隻(2番艦)で、1936年9月19日に進水、1937年10月27日に就役した。艦名の由来はリソルジメント期にサルデーニャ王国首相を務めた同名の哲学者に由…
イタリア海軍の「魔改造」 第二次世界大戦時のイタリア海軍は世界第4位の規模と実力を持ち、欧州における枢軸国最強の海軍であった。しかし、その一方でイタリアは他列強のような工業の効率化が思うように進まず、仮想敵であるフランスにも及ばなかった。現…
提督の戦歴シリーズ第四回!今回はトブルク軍港防衛の手腕で知られる名指揮官、ジュゼッペ・ロンバルディ(Giuseppe Lombardi)提督の戦歴を見て行こう。ロンバルディ提督は、英軍のコマンド部隊によって綿密に計画された海・陸双方からのトブルク軍港への夜間…
ジョヴァンニ・ガラーティ提督(Giovanni Galati) 提督の戦歴シリーズも今回で三回目だ。さて、今回は「船団の守護神」たる若き名指揮官、ジョヴァンニ・ガラーティ(Giovanni Galati)提督の戦歴について見ていってみることにしよう。ガラーティ提督は駆逐艦「…