Associazione Italiana del Duce -ドゥーチェのイタリア協会へようこそ!-

同人サークル"Associazione Italiana del Duce"の公式ブログです。

「黒シャツを着たユダヤ人将軍」アルベルト・リウッツィ将軍 ―様々な「顔」を持った「忘れられた英雄」―

ファシスト政権下のイタリアでは、ナチス・ドイツへの接近に伴い、所謂「人種法(Leggi razziali)」と呼ばれる一連の反ユダヤ法案が成立した。しかし、ここで勘違いしてはいけないのは、それ以前のイタリアでは概して「イタリア・ファシズムとユダヤ人の関係…

「アンバ・アラジの英雄」アオスタ侯(ドゥーカ・ダオスタ)アメデーオ・ディ・サヴォイア —大空を舞った「鋼鉄侯」の軌跡—

戦間期には優秀な飛行家として知られ、また第二次世界大戦時には東アフリカ戦線の総指揮を執ったことで知られるアオスタ侯アメデーオ・ディ・サヴォイア(Amedeo di Savoia-Aosta, Duca d'Aosta)。東アフリカ戦線の敗北によって、捕虜となった彼はケニアの捕…

サンマリノ共和国におけるファシスト政権史(1923-44) ―中立を宣言した山上の小国ファシズムの悲哀―

現在、イタリア半島には三つの国家が存在する。一つ目はイタリア共和国、二つ目はローマ市内にある「世界最小の国家」ヴァチカン市国、そして三つ目がサンマリノ共和国だ。サンマリノ共和国は周囲をイタリア領(エミリア・ロマーニャ州とマルケ州)に囲まれた…

伊日交流史・第三弾 ―イタリアと日本の航空交流史、両国を「空」で繋いだ4つの事例―

前回、イタリアが伝えた大砲技術が日本陸軍に大きな影響を与えたことを紹介した。今回も流れに乗って、日伊の交流関係について調べてみたいと思う。 今回注目するのは、ずばり「航空史」だ。イタリアと日本は、二度のローマ-東京飛行を始めとして「空」での…

伊日交流史・第二弾 ―ポンペオ・グリッロ少佐と、日本陸軍に伝わったイタリアの大砲技術―

以前、「伊日交流史」として日伊修好通商条約締結直後の伊日関係について紹介した。久しぶりに再びイタリア-日本関係についてまた堀進めてみようと思う。 両国関係で重要な役割を果たしたのは、他の欧州諸国と日本の関係同様に、軍事に関することが多かった…

英国本土航空戦で活躍した「鷹」のエース、ジュゼッペ・ルッツィン ―複葉戦闘機乗りとしての「こだわり」―

第二次世界大戦時、英国本土上空では英国空軍(Royal Air Force)とドイツ空軍(Luftwaffe)が熾烈な航空戦を繰り広げたことは広く知られている。実はこの英国本土航空戦、すなわち「バトル・オブ・ブリテン」には短期間ではあるが、ドイツの同盟軍としてイタリ…

フェルナンド・マルヴェッツィ大尉の戦歴 ―医学部出身の急降下爆撃機乗りから戦闘機エースに!―

今まで様々な第二次世界大戦時のイタリア空軍の人物について紹介してきたが、今回は急降下爆撃機乗りとして艦船攻撃で活躍し、そしてその後戦闘機乗りに転身し、多くの戦果を挙げてエースパイロットとなったフェルナンド・マルヴェッツィ(Fernando Marvezzi)…

極北の空へ!東部戦線におけるイタリア空軍(1941-43) ―ロシアの空に派遣された南欧の飛行隊の活躍―

1941年6月22日未明、ナチス・ドイツはバルバロッサ作戦を発動し、不可侵条約を破棄してソ連への侵攻を開始した。これを受けて、ドイツの盟邦であるイタリアも、6月22日午前5時にソ連に宣戦布告。伊ソ両国は交戦状態になった。イタリアの対ソ戦参加の理由は、…

異色の経歴を持つ空軍将軍、リノ・コルソ・フージェ ―コルシカ出身のプロサッカー選手から空軍参謀長に―

1941年11月から1943年7月までイタリア空軍(Regia Aeronautica)の参謀長として、空軍の指揮をしたリノ・コルソ・フージェ(Rino Corso Fougier)将軍。彼は異色の経歴を持つ人物でもあった。フランス領であるコルシカ島(フランス語ではコルス島)出身であり、そ…

マルタ上空に散った飛行士、フリオ・ニクロ・ドッリオ ―テストパイロットからエースになった空の男―

第二次世界大戦のイタリア空軍はフランコ・ルッキーニやアドリアーノ・ヴィスコンティを始めとする多くのエースパイロットを生んだ。その中にはテストパイロットとして数々の世界記録を達成し、第二次世界大戦では多数の敵機を撃墜して空軍のエースとなった…

カルロ・ファッジョーニ大尉とイタリア空軍の雷撃機部隊 ―地中海で敵艦を撃沈した大空の稲妻― 

第二次世界大戦時の地中海ではイタリア海軍(Regia Marina)と英国海軍(Loyal Navy)が制海権を巡り熾烈な戦いを繰り広げていた。イタリア空軍(Regia Aeronautica)もこの戦いに参加し、雷撃機部隊や急降下爆撃機部隊などが多数敵艦を撃沈し、多くの貢献をした。…

イタリア潜水艦の戦果(撃沈艦)をクラスごとにまとめてみた!

第二次世界大戦時のイタリア海軍は潜水艦を重視し、数多くのイタリア潜水艦が地中海や大西洋、更に紅海、インド洋、太平洋において活動したことは以前の記事で紹介した。そこで、今回は第二次世界大戦におけるイタリア海軍の潜水艦の戦果(撃沈艦)をクラスご…

東アフリカ戦線におけるイタリア海軍の役割(1940-41) ―イタリア紅海艦隊の孤独な戦い―

久々の更新です。今回は、エリトリアのマッサワ港を母港に、紅海やインド洋で活動したイタリア海軍の紅海艦隊について詳しく紹介します。 マッサワ軍港のイタリア紅海艦隊 1936年、エチオピア戦争が終盤になってくると、ムッソリーニは東アフリカ方面に展開…

冬コミお疲れ様でした!

遅ればせながら、冬コミお疲れ様でした! 同時にあけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。年始から体調を崩して5日間寝込んでいて更新遅くなり申し訳ございません。 冬コミでブースに来て頂いた方、本当にありがとうございました。まさ…

第二次世界大戦時のイタリア軍用航空機企業とその代表機 ―イタリア空軍を支えた11社―

イタリアは航空機先進国であったが、第二次世界大戦時も大小様々な航空機企業が乱立しており、これは戦時体制には仇となって航空機生産の非効率化を生んだ。工業生産力が低かったイタリアにとって、多数の企業が多種多様な航空機を開発・量産するという事態…

イタリアにおける急降下爆撃機開発史と、伊空軍"ピッキアテッロ(変人)"部隊の戦果 ―開発の失敗と部隊の成功―

イタリアの急降下爆撃機開発、それは結果として失敗に終わったと言って良いだろう。戦時中においては序盤を除き、大戦中盤までイタリア空軍の急降下爆撃部隊はドイツのユンカース社製の急降下爆撃機、Ju-87"シュトゥーカ"(イタリアでは"ピッキアテッロ(変人)…

イタリア社会共和国空軍(ANR)の編制 ―祖国の空を守れ!大空の勇者たち―

今までRSI軍については、陸軍と海軍は記事を書いていたが、空軍についてはまだだったので紹介しよう。RSI空軍については今まで全くの無知といっても過言では無かったが、調べていくとそれが中々結構奥が深く面白い。 RSI空軍仕様のフィアット G.55 "チェンタ…

1940年の王立ギリシャ海軍の構成 ―イタリア侵攻時のエーゲ海の艦隊―

第二次世界大戦時の王立ギリシャ海軍はそれなりの規模であったが、海軍の近代化を進めている最中に第二次世界大戦に突入してしまった。規模的には仮想敵国であるトルコ海軍には優っていたが、もう一つの仮想敵国であるイタリア海軍には当然ではあるが、大き…

「世界初の高速道路を生んだ男」ピエロ・プリチェッリ ―ファシスト政権とイタリアの自動車史―

「世界初の高速道路」は実はイタリアだった―そんな話を聞いて、多くの人は驚くだろう。おそらくはドイツやアメリカが世界初と思っていた方が多いのではないだろうか。「世界初の高速道路」は1924年に開通したミラノ―ガッララーテ間の高速道路(アウトストラー…

今までの投稿まとめ(2018/8/14~2018/12/18)

そろそろ投稿が多くなってきたので、投稿をカテゴリごとにまとめてみました。これで過去の投稿を探すのも少しはわかりやすいと思います。 ■イタリア史関係 associazione.hatenablog.com associazione.hatenablog.com associazione.hatenablog.com associazio…

イタリア軍事史跡紹介:グラッツァーノ・バドリオ ―バドリオ元帥ゆかりの地―

グラッツァーノ・バドリオ(Grazzano Badoglio)は、トリノとアスティの丁度中間地点に位置する人口600人程度の小さな町。名前からもわかる通り、ピエトロ・バドリオ陸軍元帥の出身地である。 ピエトロ・バドリオ陸軍元帥 皆さんもご存知だと思うが、バドリオ…

イタリア軍事史跡紹介:サレルノ ―サレルノ上陸作戦博物館―

サレルノ(Salerno)は大学で有名な南イタリア・カンパニア州の港湾都市。アマルフィ海岸の南端に位置し、これらの街の観光の場合には便利。サレルノ駅前からSITA社のソッレント行きのバスが出ている。勿論、アマルフィやポジターノあたりに泊るのが一番だが、…

イタリア軍事史跡紹介:ガエータ ―第二次世界大戦時の潜水艦「R12」の艦橋―

ガエータ(Gaeta)はカンパニア州との境に近い港町。歴史的には両シチリア王国領で、リソルジメント期には両シチリア兵たちが最後の抵抗を行った場所として知られる。軍港都市としても知られ、現在では、アメリカ第六艦隊の母港として使われている。アクセスは…

イタリア軍事史跡紹介:ガルニャーノ ―最後のムッソリーニ邸、ヴィッラ・フェルトリネッリ―

ガルニャーノ(Gargnano)はサロからバスだと25分くらいで着く町で、サロと同様にガルダ湖畔の避暑地だ。この町はRSI政権期にムッソリーニが邸宅を置いた場所として知られる。この町に邸宅が置かれた理由は、ドイツ軍側が容易に監視下(管理下)に置くことが出来…

イタリア軍事史跡紹介:ペルージャ ―軽巡洋艦「ライモンド・モンテクッコリ」のマスト―

ペルージャ(Perugia)はウンブリア州の州都である美しい古都。ローマからはFS線で約2時間半。FS線駅からはミニメトロで市街地に行ける他、テルニからウンブリア中央鉄道(Ferrovia Centrale Umbra)で直接市街地に訪れる事も可能だ。 在りし日の軽巡洋艦「ライ…

イタリア軍事史跡紹介:アッフィーレ ―グラツィアーニ元帥の記念堂―

アッフィーレ(Affile)はローマ首都圏内、アッフィラーニ山脈に位置する小さな町。戦間期~第二次世界大戦にかけてイタリア軍の首脳として活躍したロドルフォ・グラツィアーニ陸軍元帥が晩年を過ごした町として知られている。 ロドルフォ・グラツィアーニ記念…

「潜水艦大国」イタリアの潜水艦隊の活躍・第三部 ―海の狼たちの奮戦記―

またまたイタリア潜水艦についての記事を書こう。潜水艦はいいぞ(洗脳済み) 今回は機雷敷設潜水艦や輸送潜水艦といったマイナーな潜水艦も取り扱ってみた。今回紹介するのは以下の通り。 シレーナ級潜水艦「スメラルド」シレーナ級潜水艦「ナイアデ」マメー…

冬コミ原稿入稿しました!

冬コミ原稿無事入稿しました! サークル「A.I.D.(Associazione Italiana del Duce)」では、『ミリオタとファシストのためのイタリア旅行ガイド―La Guida Italiana per gli Appassionati di Storia Militare e i Fascisti―』を頒布します。素敵な表紙イラスト…

「潜水艦大国」イタリアの潜水艦隊の活躍・第二部 ―海の狼、再度出撃せよ!―

さて、今回もイタリア海軍の潜水艦について紹介しよう。自分自身も調べていったら想像以上にイタリア潜水艦の世界は奥が深く、すっかりイタリア潜水艦が大好きになってしまった。なので、以前の投稿に引き続きイタリア潜水艦をちまちま紹介しようと思う。今…

カピターニ・ロマーニ級軽巡洋艦の戦歴 ―古代ローマの栄光を再びこの手に!イタリア海軍最後の軽巡洋艦の活躍―

イタリア海軍が第二次世界大戦中に竣工出来た艦艇は工業生産力の低さ故にそこまで多いとは言えなかった。しかし、大戦中に竣工した艦艇には優れた性能を持ったものが多かった。その一つとして、カピターニ・ロマーニ級軽巡洋艦(Gli incrociatori leggeri Cla…